―お試し読み―
小倉隆史氏インタビュー
<サッカー解説者・JFAアンバサダー>

~やっぱりサッカーが趣味~
 今は、指導者の立場として朝日新聞のサッカースクールをやったり、イベントのサッカースクールで指導をしたりしています。後はサッカー解説者としてTBSのスーパーサッカーという番組にレギュラー出演したり、サッカーの試合中継におけるピッチ解説のようなテレビの仕事を中心に他のメディアに出たりもしています。 こうしたメディアの仕事に携わっている上で大変なのは情報を仕入れることと、言葉で伝えることです。テレビでコメントをしたり話したりする以上はできるだけ多くの情報を知っておくべきですから試合をたくさん観なければいけないし、テレビでは“コメント力”とでもいうのでしょうか、言葉で端的に自分の言いたいことを伝えることの難しさを日々感じています。

 サッカー界の仕事だけだと、いろいろな所へ行って仕事をしても、その世界のことだけに限られてしまいがちですが、テレビに出演すると他の世界・業界の方との出合いと交流が増え、今まで知らなかった世界観や物事の考え方に触れられます。これはとても為になり、勉強になっています。

 現在は仕事が忙しく、自分が怠け者であることもあり(笑)、趣味というものがもてていません。真剣にゴルフとかサーフィンをやりたいし、様々なことにチャレンジしたいのが本音です。今も週に2~3回はサッカーをしているので、仕事の延長でサッカーが趣味になっていると言えば、言えるのかもしれませんが。他には、元々テレビが好きなテレビっ子だったとうのが、今の仕事にうまく繋がったのかもしれません。(続きはASSCにログインされ「Master's Cafe 第2回」から)。


小島伸幸氏インタビュー
<サッカー解説者・JFAアンバサダー>

~ザスパ草津時代の事をお聞きしたいのですが、まずはどんなところにすんでいたのですか?また、選手達はどのような生活をしていたのですか?~

「私は家族を連れて行かず、単身で選手の寮に住んでいました。若い選手達は、温泉宿で働きながら練習をしていたので、旅館のサイクルに合わせて1日を過ごしていたと言えます。5時前には起きて、お客さんの朝食の準備から配膳、そして送り出しまでします。ちょうど旅館の仕事が少なくなる午後1時から3時の間にサッカーの練習が組まれます。そして、練習後は旅館へ戻りお客さんの迎え入れが始まります。 私は、チームを代表して草津温泉街の宣伝広告担当としてメディアに出たり、前に立って話をしたりしていました。チーム全体で草津の町を有名にして元気にするという使命を持ってサッカーも含めたすべての仕事や活動に取り組んでいました。というのも、我々のチームは街に生かされているということを日々肌で感じていましたから。」

~思い出される試合やエピソードはありますか?~

「JFLへの昇格をかけた地域の決勝大会です。大阪で開催されたのですが、11日間で6試合戦わなければならず、しかも1つも負けるわけにはいきませんでした。企業がバックについているチームではないので、1年の足踏みがチームそのものの存亡に関わります。ここで無事にJFLへ昇格出来たことは、1997年に初めてワールドカップ出場を決めたイラン戦の時と同じくらいの達成感がありました。このときはさすがにしばらくサッカーがしたくないと思ってしまったくらいです。この時にも、温泉宿が忙しいはずの週末にもかかわらずたくさんの人々が草津から応援に来てくれていたので、選手達が心配していたくらいでした。」。(続きはASSCにログインされ「Master's Cafe 第5回」から)。



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